クローゼットを開けると、ほとんどが黒だった。

紺がいくつか、グレーが少し、白は一枚もない。意識して選んだわけではなく、気づいたらそうなっていた、という方が近い。

汗染みが見えにくい色を、僕は無意識に手に取り続けていた。


夏になると、家を出る前に必ず鏡の前に立った。脇の下、背中、肩。何度確認しても、外を歩き始めて五分で、それが意味のない儀式だったと知らされる。

電車に乗ると、隣の席との距離を測った。吊り革を掴むのは、腕を上げることになるからできない。冷房の効いた車内ですら、体温計のように上がっていく内側の熱を、僕は黒い綿の繊維の奥に抑え込もうとしていた。

通勤先に着くと、まずトイレに行った。個室に入って、シャツを脱ぐ。持参したインナーを着替える。それから、洗面台で顔を洗って、息を整える。それで、ようやく一日が始まる。

夏のあいだ、僕は予備のインナーを毎朝二枚カバンに入れていた。多い日は三枚。冬服に切り替わる十月の終わりまで、それを続けていた。


友人と外出する前夜は、もっと厳しかった。

何時に出るのか、何時間外にいるのか、外食はあるのか、屋外か屋内か。それを確認してから、着るものを選んだ。黒の中でも、生地が厚すぎないもの、吸水素材の下に何を着るか、汗ジミがどの角度で見えやすいか。全部を計算して、それでも七割くらいは、当日の朝に着替え直していた。

写真は撮られないようにしていた。カメラを向けられると、自然と斜めを向いた。横顔で、半身で、後ろ姿で。今でもアルバムを開くと、あの頃の僕の正面の写真は、ほとんど残っていない。


でも、当時の僕は、自分が異常だとは思っていなかった。

それが日常だった。他の人と比べて多いのか少ないのか、判断する材料すら持っていなかったし、比べたところで何が変わるとも思えなかった。

医療に頼ろうかと考えはじめたのは、もっとずっと後のことだ。夏の暑さに耐えるのに、人より大きなコストを払っているらしい、と気づくまでに、僕は何度も夏を越えていた。


今は、白いシャツも着る。紺のリネンも、ベージュの綿も。

それは「克服した」という意味ではない。夏が完全に怖くなくなったわけでもない。ただ、以前ほど、色を意識しなくなった。朝、クローゼットを開けるときに、機能ではなく気分で選べる日が、増えてきた。

それだけのことに、僕はとても長い時間を使った。 それを書いておきたかった、というのが、この記録の理由だ。