薄毛・AGA の領域について、僕は当事者ではない。

つむじを気にして写真を撮らない時期はなかったし、 排水溝の抜け毛で動揺したこともない。 だから、ここでは「半歩先」ではなく、「半歩横」から書く。


それでも、地形図を残しておく意味はある、と思っている。

理由は二つある。

ひとつは、薄毛をめぐる情報が、商業の煽りに最も染まりやすい場所であること。 「今日、始めなければ手遅れ」と書かれた広告のなかに、 当事者の声で、もう少し低い温度で並べておくものが、あってよいと思った。

もうひとつは、いつか自分がこの領域に入ってくる可能性を、 誰もが持っている、ということだ。 他人事として書きたくない。 ただ、当事者の言葉を装って書くこともしたくない。 そのあいだに、観察者としての場所を、確保する。


周囲に、薄毛と向き合っている友人が何人かいる。

ある人は、内服を始めて何年も続けている。 ある人は、剃り上げて、その形のほうが自分らしい、と笑っている。 ある人は、何もしないで、ただ過ごしている。

それぞれの選択を、外から見ていて気づくのは、 「正解の選択」というものは、たぶん存在しない、ということだ。 ある人にとっての答えは、別の人にとっての答えではない。


商業の言葉のなかで、特に違和感を覚えたものがある。

「気にせず、堂々と」と書かれた広告と、 「最短で発毛」と書かれた広告が、同じトーンで並んでいることだ。 気にしないことを推奨しながら、気にすることを煽る。 矛盾しているのに、両方を同じ口で言う。

このメディアで、それはしたくない、と思っている。 気にしてもよいし、気にしなくてもよい。 どちらかを推奨することは、しない。


「気にしないこと」が、必ずしも「強さ」ではないこと。 「整えること」が、必ずしも「妥協」ではないこと。

その両方を、書き手としての僕は、まだ言葉にし続けたいと思っている。 当事者でないからこそ、押し付けないかたちで書ける領域でもある、と思う。


選ぶのは、その人自身です。

His Recoveries は、ただ、選択肢を並べておきます。 半歩横から、できるだけ正直に。